3月農園日記


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3月11日 巨大地震発生



午後2時46分東北宮城沖にマグニチュード9.0の過去に例をみないとんでもない地震が発生した。
いつもどおりこの日は剪定作業をに追い込みをかけていた。
順調にに進んでいて家の裏で作業をしていた。

最初地震だ!とおもって外でこのゆれ方は結構でかいなと思う間もなく、今まで感じたことがない
ほどのゆれ方でその場にしゃがみこんだ。
映画の世界みたいな、何かこの世の終わりが来たのかと思った
このとんでもないゆれ方は普通じゃないなと思った。すぐに家にもどった。

家に行くとブロック塀が崩れ、屋根瓦が崩れ、その屋根瓦が爺さんの車を直撃していて
フロントガラスが粉々にわれていた。
そこにじいさんと子守をしてくれていたばあさんと武琉が呆然と立っていた。
ばあさんが「車そっちへ出しとくから割れちまったべよ。」みたいなことを言って小屋に入れとけばよかったのに・・・みたいなことを言っていたがそこに誰もいなくて良かったと喜ぶべきだろう。

直撃したら死んでたかも分からない・・・。武琉は昼寝してたらしいがびっくりして飛び起きた。

その後も大きな地震が続き、みしみしと家が音をたてて揺れていた。
近所でも人が外に出ていて、呆然と家を見ていたりしていた。


その後も何度も強い余震が続いていた。まだこのときは今日は総会できるかなくらいの感じだったが、
家の中では食器が倒れて割れていたり、ほこりっぽくなっていたりしていていた。

このときはまだ水道が使えていた。その後停電だということがわかり、急いで片づけをして、暗くなる前
に食事に支度をしなければと、懐中電灯やろうそくなどを用意した。

仕事中は常に携帯ラジオを聞いているのでこんなときはとても役に立つと思った。後にテレビがみれるのは2日後になるのでラジオが重要な役割を持つ。

携帯はこの時?がらなくなる。風呂も入れない。花粉を洗い流したいと思っていた。
この日はろうそくをたてて食事をした。

夜も何回も強い余震が続いていて、ラジオが手放せない。
3月12日 地震2日目

まだ停電が続いていて水道も使えない。ガスは使えたので食事はできた。
井戸と市の水道を使っているが、市の水道は断水で電気がないため、井戸の水も
使えなかった

この日は市で数箇所給水所をもうけていた。こんなときちょうどよく水を入れるような容器はなかなかない。
ちょうどキャンプで使ったポリタンクを探し出してもっていった。

非現実的なラジオから流れてくる新しく変わる情報と日常的な行動のことを交互に考えたりしていた。
この日は屋根の瓦を応急措置をする職人が来ていた。

後に県内だけでもかなりの数が屋根瓦がおち完全に数が足りるまでかなりの日数がかかるという。

夕方になっても電気が通らず、2日間風呂に入れなかった。
使えるのはラジオと携帯メール。通話ははできない。


3月13日 東北関東大地震3日目



ようやく朝から電気が使えるようになった。
久しぶりに見たテレビでこの地震のとんでもなさは聞いていたが太平洋の津波の映像など
は恐怖を感じた。

あいかわらず余震が続いている。
2階の自分の部屋はめちゃめちゃでパソコンハードディスク、プリンタ、テレビ本棚の本
などぐちゃぐちゃになっていた。
テレビはどこかに直撃したらしいひびが入って見れなかった。音声だけ・・
まだ1年立ってないのに(泣)

後で地震は保障の対象にならないらしい。
いろんな福島原子力発電所などの情報が入っていて現場は混乱しているようだった。

日に日にいろんなことが分かっていった。
近くの店は閉まっていたり、品薄になっているらしい。
ガソリンスタンドは列になっていて残りわずからしい。灯油も同様だ。

昔家では風呂に入るのに梨の剪定枝を燃料にしていたが、今は灯油になってしまっている。
便利な反面、昔のやつのがよかったなと再認識した。

2日ぶりに風呂にはいることができた。米や食料などはこういうときは農家は強いなと思った。
誰も動じていなかった。



3月14日 大震災4日目

まだまだ頻繁に余震がおきている。震度4くらいは慣れてしまっている。
この日は計画停電が実行らしいが情報が混乱して結局大丈夫だった。
日に日に犠牲者が増えている。

福島の原発が連日騒がれている。
放射能が漏れ出している。
大変なことが起きている。
夜静岡では震度6の地震が起きている。
このあたりは結局この大地震は震度6強?だった。


3月16日 地震6日目

毎日何か起きていて世の中がパニックになっている。情報が独り歩きしている。
今日は瓦の後始末をした。学校後に始末するらしい。

瓦と土のかたまりが落ちているので結構な量だ。軽トラック4台分くらいになった。
1日かかりの仕事だ。

家の瓦や長屋の瓦は落ちたが以外のことに今回の地震で壊れそうな古い小屋は
瓦一つ落ちていなかった。

このあたりはこのくらいの被害で住んだが岩手宮城、福島など、太平洋側の被害は
甚大なものになっている。

多くの命が失われことに対し深くお悔やみを申しあげます。

また、一人でも多くの方の命が救われるよう、
元の生活を取り戻せるよう、
一日も早い復旧をお祈り申し上げます。



損害賠償「しっかり対応」=基準超の放射性物質検出で−東電

福島、茨城両県の牛乳などから、食品衛生法の暫定規制値を超える放射性物質が検出された
問題で、東京電力は19日夜、生産者らから損害賠償を求められた際の対応について
「大変ご心配をお掛けして、心よりおわび申し上げる」と謝罪した上で「国とも話し合い、
しっかり対応できるように検討したい」との見解を示した。


これらのことにどのように保障するのか??
東電は賠償の 範囲などについては明言を避けた。


3 月 24日


地震から2週間近くたった。
このあたりは電気、ガス、水道だいじょうぶなので普段の生活になっているが、
東北、太平洋側は大変な状態に変わりない。
今回の地震はあまりにも巨大でしかも範囲がとても広いため壊滅的な被害のところがあれば
私のところのように震源地から離れていて、内陸のほうだがこっちのほうまで被害が広い。

だから相当広い範囲に被害があると思う。テレビでは茨城の情報はあまり報道されていない。


余震は毎日ある。
最近は涼しい。3月下旬だけども。
ここ最近降った雨で放射能に変化があったのか水や野菜の問題が起きている。
基準値の何倍だとか、福島、茨城、栃木、群馬あたりのほうれん草ででている。

それ以外の野菜は大丈夫だけれども過剰に反応したりして出荷できなくなったり
農家の死活問題もでている。

また1歳未満の乳児は水道水を控えたほうがよいことからミネラルウォーターの買いだめ
などもおきている。
スーパーに水売ってなかったらしい。
今日久々にガソリン入れた。今日はやっていてしかもすいていてラッキーな気分だった。

近所のコンビには品揃えは余りよくなかった。

コンビに会社によってちがうかも。


3月31日
3月はなんだか長かった。あまりにも大きな変化がありすぎて。
今もいろんな変化が起きている。

これからは立て直していったり復興していくときだ。
ここ最近はほうれん草が基準値で出荷が制限されていたが、それ以外の野菜
や乳製品なども売れなくなっている。

危険ではないと分かっていても、報道されると消費者は拒絶してしまう。
結果仕入れも拒否され、値段もつかず、生活していくのも困難になってしまう。


情報の出し方もまずいし、的確に判断できなくなっている。
どうしようもなくえらい損害だ。

この時期米つくりなど始まってくるがそれが準備出来ない状態になっている。
季節は待ってくれない。

福島では農家の自殺者もでた。
これではやっていけないからだ。




原発の現場

命の危険も顧みず、原発事故の悪化を阻止しようと福島原発で作業を続けている「福島の50人の英雄」は全世界を感動させたが、欧米メディアによれば、その多くは原発で力仕事をしている「素人」に過ぎず、今回の重要な作業にあたる能力がないことがわかった。

イギリスのメディアによれば、そのうちの1人、タバコ農家が本業の菅野信吾さんは、他人の目から見れば、放射線から日本を救うために奮闘する、誇り高き英雄かもしれないが、家族にとっては命の危うい状況に置かれた夫であり父親だ。本来、少しでも家計の足しにしようと原発で力仕事をしていたにすぎなかった。

菅野さんの自宅は原発から半径30キロの立入禁止地域にある福島県南相馬市にある。タバコ農家の菅野さんにとって、原発でのアルバイトは非常に重要な収入源だった。

叔父の菅野正夫さんは、「他人は原発の穴を塞ぐために命の危険を犯している彼らのことを原発の武士というが、信吾のような作業員はまったくの素人で、実際には何の役にも立たない。信吾のような者をこういう作業に使うべきじゃない」と語った。

福島第一原発事故の発表があってすぐ、原発の建設作業員だった菅野信吾さんは上司の指示で早めに帰宅した。原発危機が悪化し、日本政府が避難範囲の拡大を発表すると、彼は妻と小さな娘を妻の実家に移り住ませた。そして、他の家族が南相馬市から山形県米沢市の避難所に移るのを手伝った。

菅野信吾さんの親戚によると、信吾さんが避難の準備をすべて整えたところに、原発側から出勤要請の電話がかかってきたという。このことを家族が知ると、何度も信吾さんに電話をかけ、「お前は農家で、原発のエンジニアではないんだから、原発危機の処理なんてできっこない。これから親孝行もしなければならないし、娘を育てる責任もあるんだぞ」と会社に行かないよう説得した。

菅野正夫さんは、「お前には家族がいるんだから、何でも会社を優先するべきじゃない。家族こそが一番大事なんだぞ」と説得したという。先週金曜日、菅野信吾さんは家族の忠告を聞かず、原発に戻った。そしていまだに消息はない。

仕事でよく福島原発を訪れていた山本敬一さんは、原発の作業員はある意味、「洗脳」されていたという。日本人は全身全霊で会社に忠誠を尽くし、すべて会社を優先させる。

原発に残って作業していた作業員は本来50人だったが、その後、150人にまで増え、交替で作業を続けている。そしてメディアは彼らのことを、「福島の英雄」と祭り上げている。

「中国網日本語版(チャイナネット)」 2011年3月25日


コマツナ、レタス、キュウリ…… 茨城県産「農作物」4割引も

2011/3/30 19:47
ビジネスメディアウォッチ JCASTより

 茨城県産農作物が風評被害のせいで価格が下落し、スーパーや青果店では最大4割引で売られているところもある。そうした中、ネット上では安全が確認されている茨城県産のものを、積極的に買おうという呼びかけも出ている。

   東京大田市場の相場は2011年3月18日〜24日、コマツナ(埼玉県産)が86円、キュウリ(群馬県産)が1540円、レタス(茨城県産)が945円だった。震災前の3月4日〜11日には、コマツナ(埼玉県産)が99円、キュウリ(群馬県産)が2205円、レタス(茨城県産)が1575円だったのに比べ大きく下落した。これは、3月21日・23日に福島県や茨城県産などの一部農作物について出荷制限され入荷が激減したうえ、風評被害のせいで葉物野菜を中心に買い控えられたからだ。

茨城県産イチゴが1パック200円

   とりわけ、茨城県産農作物については、スーパーや青果店で置かれていなかったり、安い値段がつけられたりしている。女性会社員(47)が3月26日、自宅近くにある都内の青果店に行くと、茨城県産キャベツ、トマト、キュウリ、イチゴが他産地のものに比べて、最大で4割ほど安い値段がつけられているのを見た。

「粒の大きい茨城県産イチゴ1パック(15個)が200円で、となりに置かれた静岡県産は350円。行った店は地域内でも安い価格をつけるので、ほかの店では600円ぐらいはするはず。こんなに安いのかと驚きました」

   SNS「mixi」でも似たような話が出ている。都内在住の女性はスーパーで、山積みになったトマト、レタス、キュウリの産地を見たら茨城県産だったといい、大学院生(男性)も茨城県産レタスが3玉100円で販売していたのを確認。別の女性も、ふだんは1袋198円で売られた茨城県産コマツナが158円に値下がりし、レジに持って行くとさらに3割引になったと書いている。

   J-CASTニュースが都内のスーパーで確認したところ、茨城県産レタスが特売価格の78円で売られていた。店員は「(茨城県産レタスは)だいぶ売れはじめている」と話す。



「風評被害が出ている茨城産野菜を買いたい」

   茨城県ではホウレンソウ、パセリ、原乳の出荷を制限しているが、ネギ、キャベツ、レタス、ハクサイ、トマトなど18品目は放射線物質の値が暫定規制値内であることを確認している(3月26日現在)。にもかかわらず、茨城県産の農作物の値段が全体的に落ち込んでいることから、茨城県の「JA北つくば」は出荷制限されていない野菜の販売への協力を東京・大田市場に求めた。

   「JA北つくば」の担当者は「憶測があるから混乱してしまい、買い手が不安がるのもわかります。売る側と買う側のお互いの信用が大切ですから、国には安全なものとそうでないものについて、はっきりとした対応、態度をとってほしい」と話している。

   そうした中、茨城県産の農作物を積極的に買おうという動きも出ている。ツイッターでは「風評被害が出ている茨城産や福島産の野菜を応援のために買いたい」「風評被害で売れなくなる野菜も農家も可哀想」「茨城県産食べます!買ってます!」などの書き込みがある。

   また、茨城県つくば市の農事組合法人「つくばブルーベリーゆうファーム」とNPO法人「つくばアグリチャレンジ」は2011年3月29日、安全基準を満たした茨城県産の農産物を詰めた「野菜ボックス」(2000円)の販売をはじめたばかり。「茨城県産の野菜を食べたくても近くのスーパーにないという遠方の人のために立ち上げた応援プロジェクトです」と担当者。立ち上げて間もないが、すでに三桁に届こうかという注文が寄せられているそうだ。



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